蹴上のいえ

2つの家屋が最低限の手間で接合された既存建物や周辺環境の潜在的な価値を再発見し、設計者の自邸、オフィス、店舗、ゲストハウスという複合的な機能をもった住居へと改修する試みである。階段を中心とした各区画への回遊性が、元の増築による風通しの悪さを改善し、時にプライベート/ゲストなど複数の関係性を自由に結ぶ道となり、時に障子のような仕切りによって実体のある住まいとなる。120㎡という面積の中で多様な機能を持たせつつ空間の可変性を追求することで、私たちの豊かな暮らしを包み込む、多機能住居の提案である。

この計画は、築年不詳の家屋とそれに増築された建物が一体となった既存建築を、私たちの自邸、オフィス、店舗、ゲストハウスという複合的な機能をもった住居へと改修する試みである。敷地は住宅地でありながら、背面には高い擁壁と豊かな隣地の庭園、その奥には山の緑が続く、都市と自然が隣接する場所にある。既存建物は傾斜地に建つ2つの家屋がスキップフロアのように断層的に連結されて独特な骨格を形成しており、細かく複数の部屋に区切られ、特に接合部はそれぞれの建物の柱梁を内包する厚い壁で分断されていた。
私たちは、周辺環境や既存建物と、私たち自身の関係性を見つめ直し、時間や季節による光の移ろいや風の流れを観察して設計に反映するため、自分たちで解体作業を行いながら、約3ヶ月の間、現場で暮らした。そして、私たちの生活に欠かせない、暮らす、働く、招くといった行為と、周辺環境がシームレスにつながる暮らしを実現する住まいのあり方として、周辺環境や既存建物固有の特徴を最大限に活かしつつ、限られた面積の中で多様な機能を融合させ、柔軟な可変性を持たせることを目指すこととした。その結果、一つの階段を中心に個別に切り離されるように区画されていた既存の状態から、緩やかに仕切られた部屋が連なる空間を巡りながら暮らす計画となっていった。
北窓からのささやかな光が曲面の壁面を伝う玄関から1.5階へ上がると、各部屋からの間接光で徐々に明るくなり、ダイニングルームへと繋がる。ダイニングルームは、朝から昼過ぎまで擁壁からの柔らかな反射光で満たされる。窓を開放すれば擁壁を伝ってきた風が2階の和室や書斎まで通り抜け、階段やキッチン上部の吹き抜けからは2.5階から明るい光が降りてくる。道に面した2階の和室は、風を通す障子兼室内網戸やアオダモの木により外部との程よい距離感が保たれ、床座に丁度良い高さの手摺は、ダイニングルームと和室を遮ることなく一体的に感じさせる。そして長い時間を過ごす2階の書斎からは、1階の「部屋1」、1.5階の「ダイニングルーム」、2.5階の「部屋2」まで視線が通り、別々の空間にいながらも互いの気配を感じられ、窓からは家の前の曲道を行き交う人々や猫の様子が目に入ることで、近隣とのささやかな交流が生まれる。最上階の2.5階の窓には、隣家の庭園、南東側の山、近隣のランドマークである大木など、周辺環境が切り取られ、視覚的な景色だけでなく、ベッドに隣接した東側窓からは朝日や木々がそよぐ音、鳥や虫の鳴き声が入り込み、裏山の緑や土の匂いを運ぶ風が、北西角の窓へと部屋を通り抜けていく。
各層のレベル差による空間の表面積を活かし、実際の床面積以上に奥行きのある空間体験を作りだすため、既存の主要な構造に干渉しない範囲で、各部屋を区切る壁を間引き、複数の部屋が繋がりながらも分かれている状態をつくった。2棟の建物や各部屋の境界をより曖昧にするため、壁天井は隔てなく珪藻土で仕上げ、接合部の分厚い壁には所々に生活の拠り所となるニッチを設けた。手摺は各空間を横断するように縦横に延長し、各室を仕切る引き戸は開け放した際に存在が目立たないよう枠のない引き込み戸としている。
この引き戸を開け放てばどこにいても時間による光や風のグラデーションを感じることができる大空間となり、閉めれば自由な組み合わせで2つのメゾネットとして独立させられる。具体的にはゲスト滞在時は、「部屋1」と「書斎」を私たちのプライベートスペースとし、「部屋2」と「ダイニングルーム」をゲストスペース、「和室」は状況に応じてどちら側にもセパレートできる柔軟な設えとしている。ゲストと私たちの動線を分けるため、玄関以外で交わらないよう屋内階段を新設し、1階の「部屋1」と2階の「書斎」を動線的にも空間的にも接続した 。さらに、玄関を軽飲食店舗としても活用できるよう、隣接する階段下にトイレを、玄関を上がって突き当たりにミニキッチンを配置し、住居スペースとは引き戸で分節する。

本改修計画は、2つの家屋が最低限の手間で接合された既存建物やその周辺環境に対して潜在的な価値を再発見し、内部区画の前提をとりはらうことで現れた一つの大空間をその外部まで心理的、機能的に拡張・再構築したものである。階段を中心とした各区画への回遊性が、元の増築による風通しの悪さを改善し、時にプライベート/ゲストなど複数の関係性を自由に結ぶ道となり、時に障子のような仕切りによって実体のある住まいとなる。120㎡という面積の中で多様な機能を持たせつつ空間の可変性を追求することで、私たちの豊かな暮らしを包み込む、多機能住居の提案である。

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2つの家屋が最低限の手間で接合された既存建物や周辺環境の潜在的な価値を再発見し、設計者の自邸、オフィス、店舗、ゲストハウスという複合的な機能をもった住居へと改修する試みである。階段を中心とした各区画への回遊性が、元の増築による風通しの悪さを改善し、時にプライベート/ゲストなど複数の関係性を自由に結ぶ道となり、時に障子のような仕切りによって実体のある住まいとなる。120㎡という面積の中で多様な機能を持たせつつ空間の可変性を追求することで、私たちの豊かな暮らしを包み込む、多機能住居の提案である。

この計画は、築年不詳の家屋とそれに増築された建物が一体となった既存建築を、私たちの自邸、オフィス、店舗、ゲストハウスという複合的な機能をもった住居へと改修する試みである。敷地は住宅地でありながら、背面には高い擁壁と豊かな隣地の庭園、その奥には山の緑が続く、都市と自然が隣接する場所にある。既存建物は傾斜地に建つ2つの家屋がスキップフロアのように断層的に連結されて独特な骨格を形成しており、細かく複数の部屋に区切られ、特に接合部はそれぞれの建物の柱梁を内包する厚い壁で分断されていた。
私たちは、周辺環境や既存建物と、私たち自身の関係性を見つめ直し、時間や季節による光の移ろいや風の流れを観察して設計に反映するため、自分たちで解体作業を行いながら、約3ヶ月の間、現場で暮らした。そして、私たちの生活に欠かせない、暮らす、働く、招くといった行為と、周辺環境がシームレスにつながる暮らしを実現する住まいのあり方として、周辺環境や既存建物固有の特徴を最大限に活かしつつ、限られた面積の中で多様な機能を融合させ、柔軟な可変性を持たせることを目指すこととした。その結果、一つの階段を中心に個別に切り離されるように区画されていた既存の状態から、緩やかに仕切られた部屋が連なる空間を巡りながら暮らす計画となっていった。
北窓からのささやかな光が曲面の壁面を伝う玄関から1.5階へ上がると、各部屋からの間接光で徐々に明るくなり、ダイニングルームへと繋がる。ダイニングルームは、朝から昼過ぎまで擁壁からの柔らかな反射光で満たされる。窓を開放すれば擁壁を伝ってきた風が2階の和室や書斎まで通り抜け、階段やキッチン上部の吹き抜けからは2.5階から明るい光が降りてくる。道に面した2階の和室は、風を通す障子兼室内網戸やアオダモの木により外部との程よい距離感が保たれ、床座に丁度良い高さの手摺は、ダイニングルームと和室を遮ることなく一体的に感じさせる。そして長い時間を過ごす2階の書斎からは、1階の「部屋1」、1.5階の「ダイニングルーム」、2.5階の「部屋2」まで視線が通り、別々の空間にいながらも互いの気配を感じられ、窓からは家の前の曲道を行き交う人々や猫の様子が目に入ることで、近隣とのささやかな交流が生まれる。最上階の2.5階の窓には、隣家の庭園、南東側の山、近隣のランドマークである大木など、周辺環境が切り取られ、視覚的な景色だけでなく、ベッドに隣接した東側窓からは朝日や木々がそよぐ音、鳥や虫の鳴き声が入り込み、裏山の緑や土の匂いを運ぶ風が、北西角の窓へと部屋を通り抜けていく。
各層のレベル差による空間の表面積を活かし、実際の床面積以上に奥行きのある空間体験を作りだすため、既存の主要な構造に干渉しない範囲で、各部屋を区切る壁を間引き、複数の部屋が繋がりながらも分かれている状態をつくった。2棟の建物や各部屋の境界をより曖昧にするため、壁天井は隔てなく珪藻土で仕上げ、接合部の分厚い壁には所々に生活の拠り所となるニッチを設けた。手摺は各空間を横断するように縦横に延長し、各室を仕切る引き戸は開け放した際に存在が目立たないよう枠のない引き込み戸としている。
この引き戸を開け放てばどこにいても時間による光や風のグラデーションを感じることができる大空間となり、閉めれば自由な組み合わせで2つのメゾネットとして独立させられる。具体的にはゲスト滞在時は、「部屋1」と「書斎」を私たちのプライベートスペースとし、「部屋2」と「ダイニングルーム」をゲストスペース、「和室」は状況に応じてどちら側にもセパレートできる柔軟な設えとしている。ゲストと私たちの動線を分けるため、玄関以外で交わらないよう屋内階段を新設し、1階の「部屋1」と2階の「書斎」を動線的にも空間的にも接続した 。さらに、玄関を軽飲食店舗としても活用できるよう、隣接する階段下にトイレを、玄関を上がって突き当たりにミニキッチンを配置し、住居スペースとは引き戸で分節する。

本改修計画は、2つの家屋が最低限の手間で接合された既存建物やその周辺環境に対して潜在的な価値を再発見し、内部区画の前提をとりはらうことで現れた一つの大空間をその外部まで心理的、機能的に拡張・再構築したものである。階段を中心とした各区画への回遊性が、元の増築による風通しの悪さを改善し、時にプライベート/ゲストなど複数の関係性を自由に結ぶ道となり、時に障子のような仕切りによって実体のある住まいとなる。120㎡という面積の中で多様な機能を持たせつつ空間の可変性を追求することで、私たちの豊かな暮らしを包み込む、多機能住居の提案である。

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2025.09
Location:
Kyoto, Japan
Client:
HYPER RESORT
Status:
Built
Program:
Team

Direction: Hiroaki Suzuki
Design: Mire Kan

Collaborators

Construction: JED
Tile: MIZUNO SEITOEN LAB.
Steel: tuareg
Curtain  Design: some/to
Landscape: Fushikaden
Advisor: Cabbage Truck
Photographer: Kazuyuki Okada